今回、認知症により徘徊しては警察に保護される事を繰り返し、在宅での介護が困難となった事例を紹介いたします。
Dさんは85歳男性の方で、アルツハイマー型認知症との診断を受け、服薬治療を続けています。
大学卒業後、当時は誰もが知っている金融機関に就職され定年まで一筋で勤めてこられた、非常に勤勉な方でした。若いころからスポーツマンで定年後はテニスやジョギングを奥様と一緒に楽しみながら、時々旅行に行くなど穏やかで理想的なリタイヤ生活してこられました。
しかし、80歳で徐々に短期記憶の低下が目立るようになり、近所へ歩いて買い物へ行くが道がわからなくなりタクシーで自宅に帰ってくるという行動が度々みられるようになりました。
受診したところアルツハイマー型認知症との診断をうけ、服薬治療を開始しました。奥様と2人暮らしであったため、以後は奥様が懸命に介護を続けてこられましたが、やがて限界が訪れることとなります。
老々介護で在宅介護が限界になり施設へ入居
もともとスポーツマンであったことから、身体は非常に健康で足腰も強く、85歳という年齢にも関わらず5km程度は歩いて外出可能な体力をお持ちでした。
皮肉なことに、身体が健康であるがゆえに、奥様の介護負担を増加させることとなっていきました。
頑固な性格であり、天気が良いと必ず「散歩」や「ちょっとそこまで買い物」といっては外出したがり、奥様が止めても怒り出すという状況で手が付けられませんでした。認知症が進行してからは、自宅に戻れないことからタクシーに乗っても自宅の場所を運転手に伝えることが出来なくなっていました。そのため、警察へ連れていかれては奥様へ連絡が入り、迎えに行くという事が繰り返されるようになりました。認知症による徘徊で警察に届けられる件数は1万件を超えており、これからもっと増えると予想されています。
またこの頃から排泄の失敗が目立つようになりました。尿や便の失禁を繰り返すようになりましたが、奥様は介護により腰を痛め、在宅介護に限界が訪れました。遠方に住む長男も日常的に介護はできないため有料老人ホームへ入居することとなりました。
帰宅願望からの施設外徘徊への対応
有料老人ホームへの入居直後より非常に強い帰宅願望があり、外出しようとする行動を抑えると立腹し大声で、文句を言うという行動がみられました。
当然、施設の職員もご本人と一緒に外出し同行することを試みていましたが、一度外出すると歩行能力は全く問題ないため、自宅の方向へ疲れるまで歩き続け、2時間弱歩き疲れたところでタクシーを拾って施設へ戻ってくるという対応をしていましたが、毎回できるわけでもなく対応に苦慮していました。
帰宅願望への対応。その方の人生に目を向けて
帰宅願望への対応が毎回できるわけでもなく、外出を止めると立腹し、声を荒げるため、職員にて対応方法の検討を再度しました。
この方は知名度の高い金融機関で支店長まで勤め上げてこられたこと、スポーツマンで奥様想いであったこと、そして自宅での晩酌の習慣があったこと、有料老人ホームは自宅とは思っておらずホテルと認識していたこと、などを踏まえてご本人への声かけを統一していくことにしました。
① 外出した際は同行した職員が必ず金融機関で支店長をしていた時の話をし、尊敬の気持ちを伝えること。
② 有料老人ホームはホテルであり、金融機関の福利厚生でD様は特別に無料でいつまでも利用できる権利をお持ちであること。
③ ホテルのルームサービスで入浴後に3種類のお酒からお好きなものを1杯無料でサービスできること。
この3つの対応を統一しました。
Dさんはホテルの上客で大切にしているという演出でホスピタリティをもって接していくようにしたところ、外出しても日光を浴びると満足し、「冷たい飲み物をホテルの中で用意しておりますがアイスコーヒーとアイスティーはどちらが良いですか?」と声かけすると「じゃあアイスコーヒーをもらおうか」と5分程度で戻ってきてくださるようになりました。
そして「お食事は何になさいますか?」「お飲み物は?」「お湯が沸いておりますがお風呂はいかかでしょうか?」とサービスの良いホテルを演出すると、居心地よく感じていただけたのか、帰宅願望もなくなり、徐々に笑顔で穏やかにホームでお過ごしいただけるようになりました。
人それぞれ人生は違うので、その背景を知って対応する重要性を改めて認識しました。
優しい嘘
嘘は良くないかもしれません。「お食事は何になさいますか?」と聞きますがメニューは決まっており、要望されたものをお出しできるわけではありません。認知症により短期記憶は保たれていないためそれ自体はトラブルにはならないのです。すると職員同士でも騙しているようで良くないことではないか?と議論になりました。
しかし、ご本人様は職員からのホスピタリティある声かけに、心地よさを感じホームでの生活が居心地よいものになっているのは確かです。
ディズニーランドでミッキーマウスをみて「ミッキーマウスに会えた」と喜ぶ小さなお子さんに、「あれは中に人間が入っているんだよ、ただのぬいぐるみだよ」と本当のことを伝えることが良いことでしょうか?
「その方」に喜んでいただける嘘は決して悪い嘘ではなく「優しさ」であり、職員はその方の人生に対し、敬意を表することが大切なのではないでしょうか。
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