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在宅復帰までの過程〜老人保健施設でのリハビリ事例〜

 

 初めまして。私は、老人保健施設で働いていた作業療法士です。作業療法士とは、ざっくり言いますとリハビリのお仕事です。

 とても様々な場面で活躍出来るのですが、あまりに多すぎるので今回は私の行っていた老人ホームでの、ある利用者さんとのリハビリのお話をひとつ紹介します。

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<老人保健施設での出会い>

 老人ホームはいくつかの種類があります。その中で、老人保健施設(以下、老健)というのは、リハビリを行なって自宅に戻るための施設という位置づけとなっています。

 病院というのは、治療が済んで体調が安定したら、もう出て行かねばなりません。もちろん、元の生活に戻れるようにリハビリも同時進行で行われます。しかし、特に高齢者は期間内に自宅に戻って再び自由に生活が出来るほど身体機能の回復ができる方は多くありません。

 介護が必要な状態で自宅に退院したとしても、パートナーも同じく高齢ですので、介護は難しくなります。一人暮らしではなおの事。娘息子家族と同居している場合でも、共働きで日中は一人ぼっちという状況では、一人暮らしと同じで、介護をしてくれる人がいない状態となってしまいます。

 そこで、自宅に戻る前にさらにリハビリを行い、ご自分で出来る事を増やしたり、自宅や介護などの環境を整えるために老健に入所するのです。

 今回の主人公のAさんは、歩行中に大腿骨を骨折し入院されましたが、1人で歩くのもままならない状態で退院する事になった為に、当老健へ入所されました。

 高齢者の骨折で多いのが、大腿骨の骨折です。特に女性は「骨粗鬆症」を煩っている方も多いので、そうなると骨はスカスカでくっつきにくくなり、入院期間が長くなります。

 入院が長くなると、安静にしている時間も長くなり、結果、筋力がどんどん低下するのです。1〜2時間のリハビリを毎日行ったとしても、一日20時間以上横になっているのです。若い人でも筋力が低下するのは容易に想像がつきますよね。ただでさえ小柄なAさんが、ふらふらと立ち上がるのは見ていてハラハラします。

 この方は、元々息子夫婦と同居しており、再び自宅に戻りたいというご本人・ご家族双方のご希望がありましたので、始めから「在宅復帰」を目標に掲げ、リハビリプログラムを検討していく事にしました。

 機能回復の程度により、途中から施設生活継続から在宅復帰に変更するケースやまたはその逆と、その方の状態とその後の生活を見て目標を見極め変更する事があります。

<リハビリスタート!>

 まずは、現在の身体機能の評価を行います。各関節の可動域、筋力、バランスや歩行速度など、全身をみていきます。ただし、教科書通りに細か〜く行っていたら、時間はかかるし利用者さんは疲れて集中も切れるしで正確な数値はでませんので、必要な部分を迅速に行います。始めの頃はよく、利用者さんをヘトヘトにさせてしまっていました…反省。

 初回はこれで終了。評価と同時にどこが問題で、どのようなリハビリを行っていくか、目標などと共に頭の中で考え整理し、最後に利用者さんに説明します。

 Aさんは、やはり全身的な筋力低下、特に骨折した患部の周囲筋は著しく低下しており、また持久力もありません。そして、精神面でも意欲の低下がやや目立っていました。それとかなりの高血圧でありました。

 それらを踏まえ、まず行っていく事は
①離床時間(起きて座っている時間)の延長
②生活活動動作(起き上がり、歩行、トイレ動作など)の練習
③股関節周囲筋の強化
④趣味などの楽しめる活動の提供
としました。

 ①は、持久力の低下に対して行います。入院中ほとんど寝て過ごしていた為、起きているだけで疲れたと言います。これは心肺機能が低下している状態でもあり入院していた高齢者では仕方がないとも言えます。しかし、食事やトイレ、入浴等でも体力は必要です。まずは、縦の状態で過ごすのに慣れましょうという事です。ただし、Aさんは重度の高血圧でしたので、要注意です。

 ②の生活活動動作の練習は、『生活リハビリ』と称して行っていたリハビリです。簡単に言いますと、生活の中で自然に行われるリハビリです。

 当時のAさんは、起き上がるのにもとにかく苦労して時間がかかっていた為、職員が起き上がらせてあげていました。それを、Aさんご本人には起き上がり動作のコツを、職員にもAさんの起き上がり方を教え、方法が合っている時は手を出さずに「見守る」よう指導しました。(間違った方法をした際は、正しい方法を伝えてもらいます)そうする事で、“リハビリの時間”以外にも、起き上がる機会があるたびにそれも“リハビリ”となるのです。

 その他、フロア内を移動する際は、車イスではなく出来るだけ歩いてもらうようにする、トイレの際は、まだAさんにとって難しい部分のみを介助する、といった具合に、“リハビリ”を散りばめます。
 
 ③(股関節周囲筋の強化)は、立ち座りや歩行、生活するのに必要不可欠な部分ですが、骨折した側が著しく弱っているため、左右のバランスが悪く、ふらつきが目立ちます。両方均等に弱い、よりも左右差がある方が動くのに難しいのです。その為、両方同じくらいの筋力になるよう運動していきます。

 ④(趣味などの楽しめる活動の提供)は、精神面と①(離床時間(起きて座っている時間)の延長)の両方に向けて行います。①だけ行おうとすると、ただ座っているだけ…となってしまうのですが、それは面白くない。しかも疲れる。だから横になりたいとなってしまうのを、要は気を紛わらせる作戦です。

 何かに集中していると、時間が経つのを忘れますよね。辛いだけとなりがちな時間を、楽しい時間に置き換える、さらにそれが楽しみにつながると気持ちが上向き、意欲的になってくるという訳です。

 その活動は、個人に寄って様々ですが、Aさんはお裁縫が得意との事でしたので、リハビリで使う物品を入れて持ち歩けるような巾着袋を作ってもらう事にしました。得意…とはいっても、高齢になると細かい作業が難しくなる事もあるので、まずは簡単な物を依頼して、Aさんの現在の技術をみてみる為に、巾着袋としました。ここで「上手く出来なかった」と失敗体験をしてしまっては、さらに意欲が低下してしまう、ふさぎ込んでしまう恐れがあるので、事前情報は大切です。

 全てにおいて、血圧の管理も同時に行いました。

<リハビリの経過>

 高血圧のAさん、始めは、ちょっとした動作ですぐにすごい数値をたたき出していたので、少しずつ休み休み行いながら、医師にも「これじゃなかなか運動まで至らない。平均値も高いからもう少し下げてほしい」等と相談し、薬の調整を一緒に行いました。

 血圧も落ち着き、生活にもなれ、順調に離床時間も増えてきました。しかし、気持ちの面での変化があまりなく、いつも活気のないような状態が続いていました。リハビリのお誘いをすると、渋々といった様子でしたし、得意と聞いていた裁縫も、促すことで始めてはくれるものの「もう目が悪くてね…もういいかしら…」と数分で手を止めてしまいます。

 そこで、再度ご家族にAさんは元々どのような方なのか、このような状態はいつから見られたのか伺いました。すると、控えめではあるが、にこやかで会話はよくしていた、裁縫なら家の座布団やらの修繕を自分で見つけては、ちょこちょこしてくれていた、入院中から活気がなくなってしまった、とのお話がありました。

 入院中に活気をなくしてしまう高齢者は少なくありません。それは、認知症やうつ病の始まりだったりもします。ほとんど一日何もする事がなく、天井を眺めるばかりの日々ですから、気力がなくなるのも分かる気がします。

 再度医師にこの話をしました。すると抗うつ剤が処方となり、こちらも変化を追う事になりました。

<リハビリの経過〜中間地点>

 いくつかの薬の調整もあり、徐々に笑顔や発話が増え、活気がでてきました。それと共に、運動の効果も出てきて、歩行やトイレでの動作が安定してきました。ですのでシルバーカーを使用しても付き添いが必要でしたが、シルバーカーを使ってお一人で行動出来るように設定し直しました。裁縫も、難易度を増してティッシュボックスカバーの製作も出来ました。職員や他の利用者さんにほめてもらえるのが嬉しそうです。

 面会に来られるご家族も、「見るたびに変わっていく」と変化に気付き、喜ぶと同時に、再び同居生活に戻る自信もつけておられるようでした。
 
 そろそろゴール(在宅復帰)を意識し始める時、ご自宅へ訪問し、実際の生活環境を確認しに行きます。

 Aさんの部屋は畳ですが、ベッドは介護ベッドのレンタルです。すぐ隣にキッチンと居間がありますが、ふすまがあるため手すりはつけられません。ベッドの柵を使ってつかまり歩きが出来るように、ベッドの向きを変更した方が良さそうです。

 トイレにつながる廊下もトイレ内も狭いので、施設でいつも使っているシルバーカーは使えなさそうですが、手すりを息子さんがつけてくださっています。ただ、夜は家族も寝てしまい目が行き届かないので、トイレへの移動は心配です。夜間のみポータブルトイレをベッドサイドに設置した方が安心であるという提案をしました。(高齢者は夜間も頻回にトイレに起きる方が少なくありません。Aさんは昼夜問わず頻回でした。)

 玄関は、低い上がり框が2段あるため、イス代わりになりそうです。(立ったままの靴の脱ぎ履きは、高齢者には難しいのです。)

 このように、自宅でのAさんの動線や使う部分を評価してきます。

 そしてここから再びリハビリのプログラムを見なおします。ほんの3m程度ですが、どこにも掴まらずに歩かなくてはならない箇所があったので、余裕を見て5m単独で歩けるように練習する内容を追加します。

 それと、手すりで歩く練習も追加です。

<リハビリの経過〜最終>

 すっかりご本人も自宅へ帰る日を楽しみにされています。

 退所する日時も決定し、そこまでリハビリを続けながらも安全に配慮した生活をしていきます。

 ご本人にはもちろん、ご家族にも自宅での生活や行動の注意点をお伝えします。書面で分かりやすく説明した物をお渡ししながら、実際にご本人にも動いて頂き、理解を双方深めてもらいます。

 Aさんの場合は、部屋やトイレの移動の際、シルバーカーが使えないのでその部分に注意が必要である事、楽しめる趣味活動を継続出来るようにする事を中心にお話ししました。

 やはり、どれだけリハビリを行っていていも、自宅に帰ると気が緩んだり、生活に慣れてくると注意を怠ったりして、再びけがをされる方がいらっしゃいます。また、加齢にはかなわない部分もあります。リハビリは、今あるからだと上手につきあう方法を会得する為のもので、若返る訳ではありません。その為、常に気をつけて行動する必要があるという事を分かって頂けるよう説明します。

 身体介護が必要な場合は、ご家族が面会の度に職員立ち会いのもと、介助の練習を行う事もあります。ご自宅に戻ってから困るような事があってはなりません。考えうる事全て、施設にいる間に解決出来るように職員も家族も協力します。

 そして、退所の日がやってきました。もう一度、ご家族とご本人に注意点をお伝えし、送り出します。
 
 このケースでは、無事、在宅復帰する事が出来ましたが、上手くいかない事も多くあります。リハビリは『やってもらうもの』と思われている方が少なくありません。ですが、ご本人の努力なくしては、機能の回復や再獲得はできません。どれだけ優秀な療法士でも、ご本人にやる気がなく応じてもらえなければ、何も進まないのです。

 その為、リハビリの内容やリハビリの進め方を理解してもらう事も大切ですが、相手との信頼関係を築く事がとても重要になります。私はいつも、相手の方に寄り添いながら進めるよう心がけています。いやいや行うリハビリはやはり順調には行かない事が多いですが、楽しく行えると良い過程をたどれる事が多くあります。
 
 怪我や病気などで出会うかもしれない療法士。みなさんの生活や前向きな心を取り戻すべく努力しているので、もし出会った時「一緒に頑張ろう」と思って頂けたら幸いです。

[参考記事]
「介護老人保健施設の入所基準と認知症介護での役割」

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