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帰宅願望の強い認知症の人への対応事例

 

 今回は帰宅願望の強い認知症の人への対応事例についてお話します。

 Sさん(85歳女性)は薬剤師として長男夫婦と共に薬局を営まれていたのですが、いつの頃からかアルツハイマー認知症を患い、次第に薬局の営業にも支障をきたすようになりました。

 Sさんは関節リウマチと足腰の筋力低下を除けば身体的には元気だったのですが、記憶障害の進行が特に著しく、細かな薬剤管理は到底行えるものではありませんでした、また特に短期記憶の欠損が著しく見られ、物事を5分と記憶する事も困難な状態でした。

 次第に在宅生活にも直接影響を及ぼすようになっていくのですが「自分はまだまだやれる」「自分がいなければ近所の人が困ってしまう」という薬剤師としてのプライドと地域に対しての強い思いがあり、事実上の経営が息子夫婦に渡った後も店先に立ち続けていました。しかし、そんなある日、調剤中の息子にあれやこれやと話しかけ続けた結果、集中力を欠いてしまったのか、調剤ミスが発生するという事案に至ってしまいました。

 これを機に、同居家族は在宅生活の限界を考え、有料老人ホームへの入居を考えるようになりました。息子も介護疲れが相当にたまっていたようであり1日も早くという思いがあったようです。

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有料老人ホームへの入居

 有料老人ホームへの入居も決定し無事入居と運んだのですが、その日の夜から「帰らせて」「皆が待っている」としきりに帰宅願望を訴えられるようになりました。よくよくお話を伺っていくと、Sさんは病院に入院させられたのだと思っているようであり、「どうしてこんなに元気なのにこんな所にいなければならないの?」と事あるごとに疑問を言葉にされていました。

 そもそも入居自体を本人が望んでいたわけではなく、同居家族が限界を感じた末のものであったために、本人としては完全なる不意打ちであり、納得等できる筈もない事は想像に難くありません。スタッフも傾聴の姿勢をもってSさんの訴えに耳に傾け、少しでも安心できるようにと「今日はもう夜も遅く、明日家族の方が迎えにくるので安心してください」と伝えるようにしていました。しかし、「そうなのか。それなら仕方がないわね」と一時は納得できても、記憶障害があるためにその説明事実を忘れてしまうため、5分経たずにスタッフを探し回り訴えるという状況が続いて行ったのです。

 どんな認知症の方でも、ある程度の時間が経てば施設に慣れる傾向にあるので、基本の傾聴の姿勢を崩すことなく同様の対応を続けていったのですが、3か月と経過しても状態は一向に落ち着く気配はありませんでした。そればかりか却って帰宅願望の頻度は増し、落ち着かない時には言葉にした瞬間から忘れてしまっている、という状況でもありました。

 家族の面会もありましたが、かえって情緒不安定になってしまい、家族の方も肩を落とされて帰られてしまうことがよくある状況でした。医療的なサポートも勿論入っていたのですが、その成果はほとんど見られず、ホームの介護スタッフにも「いつになったら良くなるのか」という疲労感と共に苛立ちも見え隠れするようになりました。

帰宅願望に対する対応

 この時点で多くのスタッフが勘違いをしていた事が一つありました。それは、帰宅願望を招いている原因はSさんの「認知症」によるものであるという解釈でした。確かに帰宅願望と言うのは「ここがどこだか分からない→家に帰りたい」という認知症の見当識障害などが関わっていますが、帰りたいという気持ちはごくごく当たり前の感情です。それを無視して、認知症の症状として対応するのは「人を見ないで病気を見る」という状態と似ているなと感じました。

 ですので、Sさんの状況が一向に改善に向かわなかったのは、当時の私達の対応にも問題点があったのです。それを洗い出した上でSさんのライフストーリを今一度深堀し、Sさんにとって必要な個別支援とは何であるのかを模索しながら実践していく事にしたのです。

 薬剤師だったSさんは元々集中力もあり、特に数字計算能力に秀でている事が分かってきました。そこでちょっとした空き時間やレクリエーションの時間を利用しながら、スタッフがそばに寄り添い、計算ドリルや脳トレ等の問題集を行う事で集中し、落ち着いて過ごせる時間を延ばしていく事から始めました。

 また帰りたいという思いから目を背けず、家族の方とも話し合った末、1か月に1度でも自宅への外出の機会を設けるという普通ではあまり行わないような対応を行った結果、現在、少しずつですが以前と比べて表情が柔らくなるなど確実に効果は表れ始めています。帰宅願望を言う回数も減ってきています。

 認知症の方への対応に正解はないとしても、その方への深い関心こそが最も大切な事であると痛感しました。知らず知らずの内にマニュアル作業のようになりがちな認知症介護ですが、大切なのはあくまで目の前の人であり、「病気」を見るのではなく「人」を見つめ、寄り添う姿勢こそが介護を行う私達には常に求められるのだと思います。

[参考記事]
「認知症による帰宅願望がお酒を飲んで改善した??」

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