認知症の中核症状と周辺症状
認知症には、認知症の方であればほとんどに現れる「中核症状」と、環境や心理状態によって人それぞれ現れる症状が異なる「周辺症状」というふたつの症状があります。
中核症状には、記憶障害、見当識障害、実行機能障害、失認や失語などの障害があり、周辺症状には、徘徊、妄想、幻覚、暴力行為、異食行為、ろう便行為などがあり、その症状は多岐にわたります。
この中核症状と、人によって異なる周辺症状が組み合わさって症状が現れるため、認知症といっても全く同じ症状の方はほとんどいないと言えます。
そのため、認知症の症状それぞれに対して正しい知識を身につけることが、認知症の人について正しく理解することにつながります。
今回は中核症状の一つである失認について解説をします。
失認とは
認知症を正しく理解するため、中核症状のひとつである失認について解説していきます。
失認とは、目や耳、皮膚や鼻などの感覚器官は正常であるにも関わらず、対象を正常に認識できなくなってしまっている状況のことです。
人間は目で物を見たり、鼻で匂いをかいだり、耳で音を聞いたりし、物事を認識しています。例えば、見ることでそれが鉛筆だったり、〇〇さんなどと認識できますよね。その他にも音を聞けば車が近づいているなどと分かります。
失認症状がある方は、見ているものがなんなのか分からなかったり、聞こえてきているものがなんの音か理解できないという状況です。
状況を正しく認識できないため、通常では考えられないような行動をとってしまうのがこの症状の特徴です。
失認の具体例
失認の具体例をあげ、失認についてもう少し理解を深めていきましょう。
例えば、古くからの友人が向こうから手をふりながらこちらへ向かってきている場面を想像してみてください。
通常であれば、まずは古くからの友人自体のことを認識し、次に友人が手を振りながら向かってくることを認識します。そのふたつの情報を認識すると、ほとんどの人は「古くからの友人が自分を訪ねてきて、そして嬉しい気持ちから手を振ってくれている」というように思います。
ところが、認知症で失認の症状がある方の認識はそうではありません。先ほどと同じ場面を想像してみましょう。誰か人が向かってきているのは見えているけど、それが古くからの友人だと認識できません。これは相貌失認と言われています。
さらに、手を振っているのが嬉しい気持ちなのか、悲しい気持ちなのか、もしくは怒りの表現なのかを認識できないのも相貌失認の特徴です。
このように人が手を振ってこちらへ向かってきているということは視覚ではきちんと捉えられていますが、それが誰なのかを認識することができないというのが失認という症状なのです。その結果、急に怒り出したりなど、通常では理解しきれないような行動をとったりしてしまいます。
これは人だけではなく、物に対しても言えます。例えば歯ブラシがあったとしても、これを見ただけでは何に使うのか分からないこともあります。しかし、触ってみるとそれが何をする物なのかが分かることもあります。視覚に関して強い失認症状が出ているので、他の感覚器官を使えば分かる場合もあるのです。
視覚以外では音に関する失認もあります。電話の「チリチリーン」という音が電話の着信音だと認識できないということが起こります。これは聴覚失認です。
具体例を自分に置き換えて考えてみる
失認の症状の具体例をひとつだけあげましたが、今度はその状況を自分に置き換えて考えてみましょう。より認知症の人の状況が分かると思います。
場面は先ほどと同じく、古くからの友人が向こうから手をふりながらこちらへ向かってきている場面です。
この場面で、向かってくるのがまったく知らない人であったとしたら、人はどう感じるでしょうか。おそらくほとんどの人はとまどいや恐怖を感じるはずです。自分が知らない人が笑顔で手を振りながらこちらへ向かっていたらほとんどの人はそう感じるのが普通ですよね。
この状況を介護現場に置き換えると、介護職員が認知症の失認の人をお風呂に入れようと、タオルを持って向かって来たら、「殺される」と思うかもしれません。これはもう逃げ出したくなるほどの恐怖ですよね。泣き出してしまうかもしれません。その結果、介護職員に暴力を振るってしまうこともあるのです。暴力ではなく防衛反応と言った方がいいかもしれません。実際、私はそれを経験しています。
まとめ
失認症状の一例と、それを自分に置き換えた状況を考えてみました。自分に置き換えて考えてみた時、とまどいや恐怖を感じたはずです。このとまどいや恐怖感こそ、失認症状がある方が感じていることと同じなのです。
失認症状がある方の行動はなかなか理解することが難しいです。その原因は失認という症状を経験することは不可能だからです。しかし、失認に対して知識があれば、ある程度、置かれてる状況を想像をすることは可能ですので、家族の誰かが認知症になった時にもう一度この文章を読んでいただければ幸いです。
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