アルツハイマー型認知症のYさん(80代)のお話です。その方は、息子さん夫婦と共に生活されていましたが、認知症の症状が進行してきた為、今から5年前に認知症グループホームへ入居されました。
入居後も、自分が施設に入居した、という自覚は全くなく、とにかく帰宅願望が強いYさん。職員全員で何度も対応について相談し合いました。
●Yさんの中核症状と周辺症状
Yさんは、認知症の中核症状(ほどんどの認知症の人に現れる症状)である記憶障害、見当識障害が見られました。長期記憶は覚えていることもありましたが、短期記憶は覚えていられませんでした。また、今日の日にちや、今自分がどういう状況であるか..などを理解することができませんでした(この症状は見当識障害と言います)。
帰宅願望がとても強く、外が暗くなってくると必ず「そろそろ帰らないと!ご飯の支度が間に合わない!」と落ち着きがなくなります。帰宅願望は認知症の周辺症状で、出る人と出ない人に分かれます。それを職員が無理に引き止めてしまうと、Yさんはパニックを起こしてしまうため、職員もその後の対応に困ります。
どうしたらYさんが落ち着いて施設で暮らしていけるのか、職員会議で話し合いました。認知症ではなくても家に帰りたいという感情は普通ですので、無理に止めたりしないのを前提条件としました。上手く言葉を交わし、いかに落ち着いていただけるのかに重点を置きました。
●Yさんの帰宅願望への対応
帰宅願望が強くなる夕方の時間帯をYさんに落ち着いて過ごして頂くため、様々な対応方法を話し合いました。施設の敷地外に出て行こうとするYさんを引き止めず、後ろから職員がついていく、という方法を試してみました。しかし、後ろを歩く職員を見つけると、「追われています!助けてください!」と叫んだり、見ず知らずのお家に助けを求めて入ってしまったりしました。このように認知症になると妄想が出る人もいるのです。結局、ご自分の家を探しているのか、キョロキョロしながら歩いてしまう為、交通事故を起こしてしまう可能性や転倒の可能性もあるとのことで、この方法はYさんには向いていないと判断しました。
Yさんの帰宅願望の対策として良かった方法は、息子さんの名前を出す、ということでした。「◯◯さん(息子)が先ほど電話をくれて、“お母さん、たまにはゆっくり遊んでおいで”って言っていましたよ。優しい息子さんですね。」などと言葉かけをすると、Yさんは優しい表情になり、「あら、そうなの?じゃあもう少しゆっくりさせてもらおうかしら。」などと言い、落ち着かれることがありました。
また、施設の夕飯の盛り付けをYさんにお願いしました。夕飯の盛り付けをしている間はそれに集中していたので、帰宅願望は見られませんでした。
それでもやはり帰宅願望が出て、不穏になってしまうことはありました。そんなときは、施設の敷地内をお散歩するよう誘導してみました。しばらくお散歩したら、他の職員に「Yさん!お茶入れましたよ」と声をかけてもらいます。そこでYさんと一緒にいる職員が「疲れたし、少し休憩していきましょうか」と言い、建物内へ誘導すると、Yさんも、「そうね。」と、落ち着かれます。自然な言葉かけで、不安にならないように心がけています。
この仕事をしていて、認知症の方への対応として、何より大切なものは、「言葉」であることを日々実感しています。
施設の近くで花火大会がありました。花火を見つめるYさんの表情は、施設に入居した頃からは考えられない穏やかな優しいものでした。この穏やかな笑顔を、この施設での暮らしの中でなるべく多く引き出したい。そう強く思いました。
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