この記事ではユニット型介護老人福祉施設に入居された、入浴に対して強い拒否がある方の対応事例を紹介します。
Fさん(82)はアルツハイマー型認知症を持った女性です。看護師として働いていた経験があり、施設職員に対していつも感謝の言葉を口にされる穏やかな方でした。既往歴は両大腿骨骨折があり、骨折してから車椅子生活となりました。下肢筋力が低下し在宅での生活が困難となり入居されました。
いつも穏やかで優しいFさんですが「お風呂」というワードを出すだけで表情が一変し、説得を行う職員の腕を引っ掻くことも度々ありました。複数の職員が入れ替わり説得を行いましたが納得される様子はなく、仕方なく嘘を付いて脱衣所まで誘導していました。しかし脱衣所でも大声で騒いだり職員を引っ掻く行為が見られていました。
Fさんの性格を理解する
入浴を嫌がる時にFさんはいつも「なんでお風呂に入らなくちゃいけないんですか」「私を殺すつもりですか」との発言がありましたが、居室での更衣やトイレでの排泄介助に関しては全く嫌がる様子はありません。
入居されて1ヶ月が経過しても入浴に対する拒否は続いていて、キーパーソンである長男様に話を伺うことにしました。するとFさんは入浴がとても好きだったと話されました。認知症になってからの自宅での入浴も嫌がっていなかったそうです。私は現在Fさんが入浴を嫌がっていることを伝えましたが、長男様は驚きを隠せない様子でした。その他にFさんに関することを何でもいいので教えてほしいと伝えると「とても慎重で心配性な性格ですね」と教えてくれました。
このことからFさんは入浴自体が嫌なのではなく、入浴の前後の何かが嫌なのではないかと考えました。その「何か」は後ほど判明をしました。
Fさんの視点になって考える
長男様に話を聞くまではFさんは入浴することを面倒に思っているだけではないか、また入浴だけ拒否される点から過去にトラウマとなる何かがあったのではないかと考えていました。理由が分かりませんので、普通に「汗もかいていますから入浴しましょう」といった声かけを行っていましたが強く嫌がられていました。
Fさんの納得できない「何か」、不安に思っていることを探るため入浴の際に「お風呂に入ることができますが、何か心配なことはありませんか。どんなことでもお手伝いできますので」とお伝えしました。すると「頭を洗った後に乾かさなかったら体調が悪くなります」と話してくれました。
毎回大騒ぎで入浴していたFさんは「髪の毛を乾かしてくれないので体調を崩すのではないか」ということを心配していただけだったのです。その恐怖心が募り「拒否」という形で強く表れてしまったのではないかと思われます。「ドライヤーもあるので髪の毛もすぐに乾かせますよ」とお伝えすると今までとは別人のように問題なく入浴介助することができました。
入浴をしていただくために行っていた今までの声かけはFさんにとってはその不安を解消するものではありませんでした。介助する側はトラウマだとか大きな原因を想像しがちですが、Fさんにとっては「髪の毛を乾かせる」という比較的小さな項目が最も重要なことだったようです。以後「お風呂に入ってすぐに髪の毛を乾かせますので入浴しませんか」と声かけをすることで拒否無く入浴されています。
もちろん、認知症の人すべてが「髪の毛を乾かしてくれないからお風呂に入らない」と思っているわけではなく、その「何か」は人それぞれです。ですので、ご家族に入居者の情報を詳しく聞いて、なぜ嫌がっているのかの仮説を作ることが重要です。その方が介護士だけの頭で考えるより的確で、遠回りな対応を回避できます。
認知症介護をしていると様々な「拒否」があります。Fさんとの関わりを通し介助する側の視点と、される側の視点を近づけてみることがもっとも大切なのではないかと思いました。
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