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認知症の人の行動を薬で抑えることの問題点

 

 認知症の人の迷惑行動を薬で抑えることは可能ですが、そのデメリットもよく考えなくてはいけません。その事例を今回はお話しします。

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足腰丈夫なスーパーおばあちゃん

 私が有料老人ホームで勤務していた頃、オープンから3か月ほどで1人急変して亡くなり、その部屋に新しく1人の認知症患者のおばあちゃんがご入居となりました。

 普通、お亡くなりになってから数週間は弔いの意を込めて空室にしておくべき所、我がホームはお金がなく、亡くなって僅か5日後その方はバタバタと入居となり、ホームで生活をすることとなったのです。

 トメさん82歳。アルツハイマー型認知症です。実家の農家を”入り婿”のご主人と切り盛りし、引退後は生涯学習講座に通い、ゴルフに海外旅行、車の運転、船舶免許取得と、まさにフレキシブルおばあちゃんです。しっかりした行動は認知症になっても健在で、「お風呂と脱衣所が狭すぎる!取り替えなさい!」とか「私はもっと都心に近いところに引っ越すから今から手伝って!」など、ものすごく具体的な訴えを、起きている間はほとんどずっと誰かを捕まえて叫んでいました。

 職員もじわじわとそのジャブが効いてきたのか入居1週間もすると「結構しんどいねトメさん」「訴え多過ぎるね」と休憩室でぼやくように。何と言ってもしんどかったのは夜勤の方で、何がしんどいって、トメさんはすこぶる朝が早い。ぴったし5時起床。みんなのバイタルチェックをしている頃には「皆さま集まって~!朝よ!」とフロアの真ん中で手を叩き、職員にクレームを投げかけるべくステーションの周りを動き回ります。足腰は安定独歩なのですが、行動が直線的なため、配膳車とぶつかりそうになって危なかった事もありました。

トメさんと家族の心情

 有料老人ホームに様子を見に来た際、その一部始終を知って、主な介護者だったトメさんの長男の嫁は私たちに頭を下げて謝ってこられました。「すみませんうちの母が。次の受診でこれらの行動について主治医に相談します」と高級和菓子を各フロアに2箱も届け出くださいました。トメさんに手を止められ、職員がやきもきしている様子が見て取れたようです。

 その1週間後に認知症のために定期的に通っている病院から、1日2回神経の興奮を抑える薬を処方され、その日の夜から睡眠導入剤も服用するようになりました。案の定、しっかりしていた足元はよたよた。まっすぐ伸びていた背も緩やかに前傾に。訴えも半分に減りました。最も喜んでいたのは夜勤者。「トメさんの朝礼が無くなった」と胸をなでおろしていました。

 しかし私たちの不安は的中し、薬を服用して5日目にトメさんは朝起き上がろうとしてふらつき、居室内ベッドサイドで転倒。右足の骨に亀裂が入り、入院となりました。

あんなのあばあちゃんじゃない

 1か月後、退院してきたトメさんは一見痩せて衰えて見えましたが、中身は以前のハキハキおばあちゃん。職員は一体どうしたことかとびっくりしていました。みな「入院したら弱って帰ってくる」と漠然と思っていたし、実際多くの入居者さんが認知症に関わらずそうだったからです。

 さすがはトメさん。農業で鍛えた足腰は伊達じゃなかったのです。例の薬でフラフラになっていた行動も治っていました。ホームにお帰りになった際に付き添っていた長男さんに聞くと「嫁が、『あんなのおばあちゃんじゃない。職員さんの手前仕方なく医師にお願いしたけど薬は嫌だった。反対だった』という風に入院中に言ってて。それで薬を止めたんです」との事。

 職員も全員それには賛成でした。さらに長男さんは「ばあちゃんは認知症になりたての2年前は本当に大変で何回も警察の世話になってて。その苦境を乗り越えた嫁の言う事なんで。すみません。どうか、薬なしでお願い致します」と頭を下げられました。

職員にできる事

 急な入居で切迫していたとはいえ入居前のトメさんとお嫁さんの生活背景をよく知らず、ご家族が見て取れるほどのバタバタ介護をしていたこと。結果薬の処方の策をお嫁さんに取らせてしまったことを、私たちは恥ずかしく思いました。

 介護者の思いやトメさんの周辺状況、このホームの入居に至るまでにどのような苦節があったかを、他の入居者さんに関しても必ず周知すべきだと職員同士で話し合いました。トメさんとお嫁さんのおかげで、職員も対応に追われる毎日に意識して余裕を持つようになったと感じます。ホーム内での出来事を、いつでも客観的に見られるように配慮したいと思いました。

[参考記事]
「認知症介護の相談事例。「薬で寝たきりにさせてもいいよ」」

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