広告

Read Article

帰宅願望の目的はナンパ?認知症のおじいちゃんの事例

 

 今回は帰宅願望に対する対応について、私が実際に経験した事例をお話しします。

 23歳の時、私は介護職員になりました。きっかけは妊娠出産。妊娠中に何か資格をと思い、思い立ったのが引く手あまたのヘルパー2級資格を取得しました。

 赤ちゃんが落ち着いてきたので9カ月を過ぎたころ母に預け、私は近所のグループホームで働き始めました。1ユニット7人のグループホーム内は、オープンしたてにも関わらずほぼ満床でした。

 1番認知症(当時はまだ痴呆症と呼ばれていた)の症状の軽い方のフロアに配属されたのですが、全体的な要介護度がまあまあ高かったため、軽度のフロアでも20分に1回は何かしらの訴えがあり、私は職員として対応する事となりました。

 勤務し始めてまだ2、3週間の頃、窓際の部屋から1人のおじいちゃんが私を呼んでいます。新人の私は「はい!なんでしょう」とおしぼりを丸める手を止め、駆け足でおじいちゃんの所まで行きました。

 おじいちゃんはTさん79歳。長身でハゲてもなくキリリとした端正な顔立ち。でも軽度の認知症を持っていて、1人暮らしができないと家族の方が判断され、入居となっていました。歩けるし食欲も旺盛なのですが、まだ入居して1週間目で、「落ち着きがない」と申し送りで言われていました。

「どうされましたか?」
「わしの背中をくものが無いので壁でかいていました」
「はい」真顔でそうおっしゃるので真剣に聞いていると
「わしの家は無事でしょうかね?」
「はい?」
「わしは、家ではなんでもできました。背中も孫の手でかけました。でもここは仮住まいで不自由で少し変なように思います。いったん帰って確認したいんです」

 元営業職のTさん。これをきっかけにずっとずっとしゃべり始め、そのあとは帰りたい帰りたいの繰り返し。私は閉口してしまいました。ああこれが認知症であり、教科書で習った帰宅願望というやつなのかなと思いながらTさんの話を延々と聞いていました。すると「じゃあもう帰ったらいいのよ。この人とちょっと家まで行っておいで!」と私の肩を後ろから強くつかむ人がいました。フロアリーダーの中年女性職員でした。

広告

おじいちゃんと街レポ

 私は介護職員になるまで思っていもいませんでした。よそのおじいちゃんと2人きりで街中を散歩するなんて。

「ああ、あの公園は知っている。孫とボール遊びをしました」
「おや、あそこの米屋は今日は閉まっているのかな?」

 Tさんは安定した足取りでサクサクと施設周りの商店街を闊歩しました。後で聞いた話ではTさんの家からかなり離れていて、知るはずのない商店街だったのです。Tさんの家だって近くにあるはず無いのでした。

 フロアリーダーは「ちょっと歩いたら疲れて不安になって帰るというでしょう」と言っていたので私はどのへんで切り上げようかまごまごしていました。

「Tさん、あたたかいコーヒーでも飲んで休憩しましょう」

 私は商店街の中にあるフリースペースのベンチを指さし、休憩したら帰る流れで行こうとTさんを誘導しました。

「Tさん、結構歩きましたね。とても歩くのが速いんですね。」「疲れませんか?ちょっと一旦部屋に帰りませんか?」

 するとTさんは笑顔で
「う~ん、まだ序の口かあなあ。わしが営業で外回りの時は何件も何件も・・・」
「ご、ごめんなさい、疲れたのは私ですTさん!すみませんがしんどいので一緒に来てくれませんか?!」

 このままでは県境まで行かされると思い、懇願しました。Tさんはしぶしぶですが応じてくださいました。こんなところまで歩いていたのかと思うくらい帰路は長距離でした。20分は歩いたでしょうか。施設に帰るとみんな夕飯を食べていました。

帰宅願望の目的はナンパ?

 子供を産んでから2キロ以上歩いたのは初めてだったので、冗談抜きで疲れました。
リーダーは食器を片付けながら、よくやった!と私に目くばせしていました。

 Tさんはというと部屋に帰らずフロアの窓際ウロウロ。まだ元気です。でも散歩で気がまぎれたのか「帰る」という帰宅願望は聞かれず、気分は落ち着いているようでした。

 「Tさんお茶をどうぞ。」とすすめると「あのねえ」と私に声をかけてきたのです。

「こんどまた一緒に外出しよう。明日の午前中は空いているかな?」

 どうやらまだ元の家に帰ることを諦めていないようでした。しかしTさんの家はもうここです。どうやってごまかそうかと考え私は言いました。

「すみません。私には主人も子供もいますので。そして今日の事は誰にも内緒ですよ」
「それは失礼。」と言い、Tさんはそそくさと夕飯を食べ始めました。

 それ以降、Tさんは職員を見かけるたび「今空いてますか?一緒に外でコーヒーでも」と声をかけるように。しかも女性職員限定だったので「ナンパ紳士」の通り名まで。

 部屋で転倒してからはそんな元気は無くなってしまいましたが、今でも散歩している時のTさんの嬉しそうは表情は今でも忘れられません。

[参考記事]
「帰宅願望の強い認知症の人への対応事例」

URL :
TRACKBACK URL :

Leave a comment

*
*
* (公開されません)

Return Top