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テニスボールを食べようとする認知症による異食への対応

 

 異食は認知症による周辺症状だが、何でも口に入れてしまうので窒息の危険がある。今回はテニスボールなどを食べようとする異食の事例です。

 Sさん 70代男性 アルツハイマー型の認知症。奥様も認知症だったが、まだ初期ということもあり、在宅サービスを利用しながら、一緒に自宅での生活を続けていた。最近施設に入所したばかりだが、元々愛想の良い方であり、施設生活にはすんなりと馴染んでいた。15時頃になると奥様が毎日の様に面会に来て、一緒にお菓子を食べて、夫婦の時間を楽しんでいた。

 しかししばらくして、奥様が帰った後に腹痛を訴える事が何度かみられる様になった。奥様と会いたい時に会えない事や、施設生活に対するストレスではないかと思って経過観察をしていたが、腹痛だけでは無く下痢や、ひどい時では少量嘔吐する事も出てきた。施設内でも嘔吐したりお腹を下すのはSさんだけだったので、おやつの時間に食べている奥様の持ってきた何かが当たっているのではないかと推測した。

 翌日いつも通り奥様がおやつを持って面会に来た為、奥様に了解を得て持って来たものを見せてもらうと、そこにはおやつでは無く大きな2段のお弁当であった。お弁当を見るなりSさんは、あっという間に完食してしまったのだ。

 Sさんは元々食べることは好きだった様だが、認知症になり自分が食べられる量の調整がうまくできなくなっていた。お昼ご飯を一人前食べ、その後おやつに奥様のお手製の2段弁当を食べ終えた後に、夕食をまた一人前食べていた。それではお腹を下す、嘔吐する訳だ。

 その事が分かってからは、奥様が面会に来てお弁当を食べた日は夕食をセーブするなど、こちらで調整を行なっていた。

 しかし、奥様の認知症が進行した為在宅での生活に限界を感じ、自らの意志で介護老人保健施設に入所する事になった。その為面会には来れなくなり、Sさんも寂しそうな表情を見せる様になった。何か気分転換できる事はないかと模索している最中、Sさんが紙くずをひたすらしゃぶっている所を職員が発見する。そこから異食をする事が急激に増え、日中傾眠している時以外はお手玉やテニスボールをかじっていることが日常となっていった。夜間は職員の目が届かずに、いつのまにか食堂に起きて来ては椅子に置いてあるクッションをかじるなど、特に夜間の異食の報告が増えていった。

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なぜ異食をするようになってしまったのか

 異食をするようになった原因は認知症の進行も考えられるが、施設に入所し決められた時間しか奥様に会えなくなる日々、そして奥様が別施設に入所し会えなくなってしまったことなど急激に環境が変わってしまった事は本人にとって大きなストレスだったのではないか。

 もう一つは、背が高く体格がいい人だったので、単純に施設の決められた食事の量が本人にあってないのではないか、と考えた。

 そこで施設の食事は主食を1.5倍に増やした。そしてストレス解消策として、魚釣りが以前より趣味だった事から水族館や熱帯魚ショップに連れて行ったが、魚を見ては『美味しそうですねー』としか言わず、施設に帰ってからは再び異食を繰り返す為に職員一同困り果てていた。

試しにやってみよう

 そんな時、冗談半分で、とある職員が、ガムでも噛んでもらったら?と話した。異食を防ぐためにはちゃんとした食べ物を好きなだけ食べてもらうのが一番手っ取り早いが、Sさん自身では自分の限界が判断できない為に好きなだけ食べると、お腹を下したり嘔吐してしまう。

 しかし、食欲が満たされないと目に付いたものを全て口に入れてしまう。他人の職員が程よい満腹感を判断してあげるのは難しく、とてもじゃないけど職員間で統一したジャッジを下せるわけがない。ガムも面白いアイディアだけど、飲み込むリスクがあるからやたらにあげられない‥‥と考えた結果、おしゃぶり昆布やスルメいかを思いつき、試しに提供する事にした。

 おしゃぶり昆布は一つずつ、スルメいかは一口大に切って一切れずつ提供を開始した。自歯であるがあまり丈夫ではない為に一切れを30分かけて、しゃぶっていた。口に食べ物が入っている間、食べ終わってからしばらくは異食をしない事がわかった。

 また、噛む事で脳が刺激される様で、日中傾眠する事も減り、夜間は自然と休む様になった。その為夜間の異食の報告も減っていった。

欲を程よく満たして、お互いにストレスフリーとなった

 今回のケースでは、噛む事の大事さを改めて感じるケースだった。噛む動作を続ける事で、満腹中枢が刺激される。常に顎を動かしている為覚醒もする。日中覚醒する事で自然と夜眠くなる。異食の改善だけを目的としていたが、昼夜逆転気味だった生活習慣までも改善する事が出来た。

[参考記事]
「認知症の周辺症状はどのような症状なのか」

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