「死因が認知症」とは、医学的・統計的な観点から「認知症が直接または間接的に死の主要な原因であった」と判断された場合に記載される表現です。
これは、「認知症そのものが人を殺す病気なのか?」という疑問を呼び起こすことがありますが、実際にはより複雑なプロセスを経て死に至ることが多く、単純な因果関係では語れません。この文章では、「死因が認知症」とはどういう意味なのか、また認知症によって人はどのようにして死に至るのかについて解説します。
認知症とは何か
まず前提として、「認知症」とは病名ではなく、複数の疾患や病態によって引き起こされる「症候群(症状の集合体)」です。記憶力や判断力、理解力、言語能力、行動などの認知機能が持続的に低下し、日常生活に支障をきたす状態を指します。
主な原因疾患には以下のようなものがあります:
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アルツハイマー型認知症
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レビー小体型認知症
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前頭側頭型認知症
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血管性認知症
この中で最も多いのはアルツハイマー型で、脳内にアミロイドβやタウタンパク質が蓄積して神経細胞が死滅していく病気です。
認知症は「直接」死を引き起こすのか?
結論から言えば、認知症そのものが直接命を奪うということはあまりありません。ただし、認知症が進行する過程で様々な身体的な問題が引き起こされ、それが死に至るきっかけとなることがよくあります。つまり、認知症は「根本原因」または「誘因」として死因になるのです。
認知症が死に至るメカニズム(例)
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嚥下障害(えんげしょうがい)による誤嚥性肺炎
認知症が進行すると、飲み込む機能が衰え、食べ物や唾液が誤って気管に入ることがあります。これが原因で肺炎を起こし、それが命取りになることがあります。 -
寝たきり・運動機能の低下による合併症
認知症が進むと自立した生活ができなくなり、徐々に寝たきり状態になることがあります。寝たきりは褥瘡(床ずれ)や血栓症(エコノミークラス症候群)、肺塞栓などを引き起こしやすくなります。 -
栄養失調と脱水
食事をとる意欲や能力が低下し、十分な栄養や水分を摂れなくなると、体力が著しく落ちて他の病気に対する抵抗力も下がり、最終的に命にかかわります。 -
感染症への抵抗力の低下
認知症に伴う体力や免疫力の低下により、インフルエンザ、尿路感染症、肺炎などが重症化しやすくなります。
「死因:認知症」という記載の意味
死亡診断書には「直接死因」と「基礎疾患(根本的な原因)」が記載されます。たとえば、直接死因が「肺炎」だったとしても、その背景に認知症による嚥下障害がある場合、基礎疾患に「認知症」と記載されることがあります。
また、認知症の最終段階になると、身体機能のほとんどが失われ、いわば「全身の老衰」と同じような状態になるため、「死因:認知症」と記されることもあります。これは、他に決定的な死因がなく、認知症が長期にわたり全身に悪影響を与えて死に至ったと判断されたケースです。
認知症の末期とはどのような状態か?
末期の認知症は、単に「物忘れが激しい」レベルをはるかに超えた、ほぼすべての生活機能の喪失を意味します。以下のような症状が見られます。
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会話が困難または不能
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食事を自力で摂れない
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尿意・便意の感覚消失
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意思疎通の完全消失
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寝たきり状態
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表情や感情反応の消失
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目を閉じたまま呼びかけにも反応しない
このような状態では、生命維持機能も衰えているため、呼吸器感染症や心不全などの急激な悪化で亡くなることが多くなります。
認知症の終末期医療と倫理的問題
認知症の患者が終末期に差し掛かったとき、家族や医療者は多くの難しい判断を迫られます。特に問題になるのは以下のような点です:
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胃ろうや経鼻栄養などの延命措置を行うか
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意識がない状態での抗生剤投与や点滴の是非
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緩和ケア(苦痛の緩和)を中心とするかどうか
このような判断は、患者本人の意思が確認できない場合が多いため、家族の思いや信念、医療チームとの信頼関係、倫理観などが深く関わってきます。
統計としての「死因:認知症」
日本では高齢化が進む中で、「死因:認知症」とされるケースが増加しています。厚生労働省の統計でも、ここ数年で認知症が死因に挙げられる割合は上昇傾向にあります。これは「認知症が増えている」だけでなく、「認知症を死因としてきちんと記録する体制が整ってきた」ことも一因です。
まとめ
「死因が認知症」とは、認知症そのものが命を奪うのではなく、認知症によって引き起こされるさまざまな身体的・生活的な障害や合併症が最終的に死に結びついたということを意味します。
認知症は単なる「物忘れ」ではなく、脳と身体の全体に深く関わる、進行性で致死性のある疾患群です。その進行により、本人だけでなく家族や介護者にも大きな負担がかかります。
「認知症で死ぬ」という表現には、単なる病理だけでは語りきれない、人間の尊厳や終末期の在り方といった、深い問題が含まれています。だからこそ、認知症をただの老化現象と軽視せず、正しい知識と理解をもって向き合うことが必要なのです。
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