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認知症を持つ人同士のトラブルについての事例

 

 この記事では、認知症による「異常な収集」がきっかけで、入居者同士がトラブルになった介護老人福祉施設での事例を紹介します。

 Mさん(83)は、アルツハイマー型の認知症を持った女性です。性格はとても穏やかでお話好きです。仲の良い入居者と穏やかな会話を楽しみながら一日を過ごしています。お食事、入浴、排泄など生活全般はご本人自らが行なっていて、職員は時折見守る程度です。歩行も安定されています。

 Mさんの認知症の症状は、現在の場所がどこか分からない(見当識障害)、5分前の会話を覚えておらず延々と同じ話を続ける(記憶障害)といった様子です。新しく名前を覚えることは難しいようですが、顔を見るとその人のことをなんとなく覚えていることもあります。

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異常な収集癖

 Mさんは、トイレに行くと必ずトイレットペーパーをたくさんちぎります。それをトイレのタンクの上に置いたり、ご本人のポケットなどに入れて居室に持ち帰ります。ベッドの枕の下、タンスの中には、いつも大量のトイレットペーパーが畳んでしまわれています。

 Mさんのトイレの後はトイレットペーパーが全て無くなっていることがあるため、職員はこまめにトイレの確認を行い、トイレットペーパーを補充するようにしていました。

入居者とのトラブル

 Mさんの問題行動については、入居者の人は皆「しょうがない。」といった様子で受け入れていました。他にはトラブルもなく、皆さんに直接的な被害が出ていなかったためです。しかし、Tさんだけは例外です。ある日を境にTさん(78)が我慢できないといった様子で職員に不満を訴えるようになりました。

 Tさんは「Mさんと同じトイレを使いたくない。」「Mさんを見ているだけでイライラするし、考えるだけで眠れない。」「私の部屋に専用のトイレットペーパーを置いてほしい。」など毎日職員に訴えました。職員はその都度Tさんが落ち着くまで何十分も傾聴しました。

Tさんの様子観察

 毎日Tさんの不満を傾聴していた職員は、Tさんの話の内容に注意が必要だに気付くようになりました。施設のトイレはみんなのトイレですから、共同で使うのは仕方のないことです。以前のTさんなら、そういったことは理解できていました。

 Tさんは体は不自由な部分がありますが、入居した当時は認知症の疑いは全くなく、日常生活に何も問題がない状態でした。職員はTさんに認知症の症状が現れた可能性があると判断し、様子観察を行うことにしました(まだ認知症の診断を受けていません)。

Tさんへの対応

 職員は検討会議をもうけ、Tさんの訴えや要求に対して、できる範囲で柔軟に対応していくことが決まりました。また、Tさんから訴えがあったときには、Tさんの気分が落ち着くまで傾聴に努め、決してその場で「〇〇をします」などと解決策を提案しないことも決めました。Tさんは人の言動にとても敏感で、「職員の〇〇さんはこう言っていたのに、何もしてくれない。」など訴えることが以前より見られたからです。

 Tさんの訴えた内容は詳細に記録し、職員同士で検討した結果をTさんにお伝えすることにしました。

 まず最初に行なったのは、「Mさんとは同じトイレを使いたくない。私だけのトイレが欲しい。」という訴えの対応です。Tさんには、Tさんだけのトイレを作ることはできないことを丁寧に何度も説明し、Tさんのお気に入りのトイレにはできるだけMさんが使わないように職員が対応することを伝えました。

 Mさんがトイレに向かう度に、職員はMさんにトイレを指定して誘導することにしました。昼間は職員も多くなんとか対応できていましたが、夜間帯は難しいこともあり、時折Tさんは不満を訴えていました。

 次に「私だけのトイレットペーパーを部屋に置きたい。」という訴えについて対応しました。Tさんが居室にトイレットペーパーを置いても危険は低いと判断し、Tさんの居室にトイレットペーパーを置くことになりました。Tさんが実際にそれを使っている様子は見られませんでしたが、ご本人に確認すると「あると思うだけで安心するの。職員さんに声をかけたくないから。」とお話しされました。

その後のMさんとTさんの様子

 その後もMさんは相変わらずトイレットペーパーをちぎって居室に持ち帰られています。しかし、Tさんのお気に入りのトイレを使う回数が減ったので、MさんとTさんの直接的な衝突の可能性は少し低くなりました。

 Tさんも相変わらずMさんへの不満はあるようで、時折職員が傾聴して対応しています。訴える内容は詳細に記録し、職員で情報を共有しています。訴える内容も変化し、明確な要望というよりは「話を聞いてほしい。自分の気持ちを理解してほしい。」というものが多くなりました。

 職員は再び検討会議をもうけ、Tさんへの対応の結果について、今後のケアの方向性などを話し合いました。そして、今回の対応は有効だったと判断し、これからもこの対応を継続することが決まりました。また、引き続きTさんの様子観察を行い、変化の早期発見(認知症の早期発見のため)に努めることになりました。

入居者同士のトラブルで見えてくるもの

 今回はMさんの問題行動がきっかけとなり、Tさんの状態変化の可能性が見えてきました。当事者のMさんではなく、Tさんに焦点を当てた対応の方が多くの比重を占めました。その結果、両者の衝突の可能性は少し低くなったという状態になりました。

 問題の対応には当事者への対応もさることながら、周囲への対応もとても大切だというこが分かりました。今後もMさんとTさんの様子観察を行い、お互いに落ち着いて過ごしていただけるように対応していきたいです。

[参考記事]
「認知症による収集癖への対応。ティッシュをベッドに集めてしまう」

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