Aさんは80代前半の方で、旦那さんが亡くなった後は一人で暮らしていました。時々近くに住んでいる息子様が様子を見に自宅に行っていましたが、庭の草むしりを下着のまま行っていたり、食事をする為の料理がうまく出来ないようになっていました。
日に日に状態は悪くなって行く為、病院で診てもらったところアルツハイマー型認知症と診断され、今後一人暮らしは難しいとの事で、介護施設に入居されました。入居当時は認知症としては軽度でしたので、例えば洋服をうまく着替えられない場合はスタッフが声かけをするだけでしっかり着る事ができました。また、食事は施設からの提供がある為、特別問題なく落ち着いた生活を送っていました。
だんだんと物忘れが酷くなる
Aさんが入居して1年半ほど経った頃、新しくBさんが入居してきました。Bさんは物盗られ妄想等の症状がとても強い方で、いつも「財布がない」「この人が盗った」と興奮される方でした。
その頃からAさんもBさんの影響で自分の財布や貴重品等が無い事を訴えてくるようになりました。そもそも財布は持っていないのですが、Bさんの不安や興奮が乗り移ったかのような状態でした。
Aさんも入居当時と比べて認知症の症状は少し進んでいた為、このままBさんの近くの部屋ではAさんの状態は悪くなる一方とスタッフは考え、2階から3階の部屋へ移動しました。
環境の変化により、認知症の症状が悪化する
環境を変え、2階の部屋から3階へ移動をしましたが、スタッフの思いとは裏腹にAさんの認知症による症状は顕著に悪化しました。
一つは自分の部屋の事です。「ここは私の部屋じゃない」「知らない人の部屋に連れてこられた」等、不安や興奮が強くなってしまいました。
また、以前は夜しっかり眠る事が出来たのですが、夜中に起きては「ここはどこなの?」「家に帰る」と、今までにはないような言動が聞かれるようになりました。知っている顔ぶれがいなくなった事にAさんは不安に思い、眠る事がしっかり出来ない浅眠状態から夜間徘徊と繋がって行ったのです。その都度介護スタッフは「ここがAさんの部屋です。」と伝えますが、理解は出来ず、興奮される様子が見られました。
こういう不安定な状態が続いたことで、今までは他者との交流が好きで、施設の行事やレクレーションに参加していたAさんですが、昼間は部屋から出るのを拒否するようになってしまいました。
このように認知症の人は、環境の変化に対応が出来ない事もあるのです。Aさんは入居して1年以上が経過して2階の雰囲気や入居者に慣れていた為、3階の居室や入居者に対しての「理解」が出来なくなっていたのです。
環境や生活習慣を変えない対応を心がける
ではどのように対応するべきだったのか。
Aさん場合であれば、居室の移動は環境の変化になりますので、あまり良い対応ではありませんでした。今さらですが、Aさんではなく、まだ入居して日が浅いBさんの対応について検討をするべきでした。
居室の階数が変わった事は、他の入居者とのコミュニケーションも変わります。今まではよく知っている顔見知りがAさんの精神状態を安定させていたのかもしれません。それなのに「全然知らない場所」で「見た事がない人達」がいる3階へ連れてこられたわけですので、不安が大きくなって、部屋から出なくなるのも納得がいきます。せめて同じ階での対応が必要でした。
認知症の方に最も必要なのは、「落ち着いた生活を行う事の出来る環境作り」です。場所や時間、また人間関係等はなるべく変化のない工夫をしていかなければなりません。
Aさんの状況を心配したスタッフ達は話し合いを行い、3日で元の居室に戻す対応を行いました。対応が早かったのが功を奏したのか、少しずつ今までのように他者との交流や、夜もしっかり眠るようになりました。
認知症の人にとっては慣れた場所にいる事が「安心」であり、急激な環境の変化は良くないことを学ぶことが出来ました。
[参考記事]
「昼夜逆転して徘徊している認知症の人への対応」
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