介護老人福施設に入居しているTさん(75)はアルツハイマー型の認知症を持った男性です。進行性核上性麻痺もあり、何かに掴まれば短い距離は歩行することができますが、歩行時のふらつきが強く、移動には車椅子を使用していました。
そんなAさんの帰宅願望についての対応事例を紹介します。
夕方になると帰りたい思いが強くなる
日中職員が比較的多い時間帯にはあまり帰宅願望は聞かれず、夕食後に他の入居者が居室に戻る様子を見るとブレーキのかかっている車椅子を無理やり動かして何処かに行こうとすることが頻繁にありました。その都度話を伺うと「A県に帰る」「外に車を停めているから、それで帰る」などの訴えがありました。
東北から、息子夫婦が暮らす首都圏の施設に入居となり、出身地である「A県に帰りたい」との思いから車椅子から立ち上がり、ふらふらしながら歩行し、時に転倒されることが続きましました。
性格は穏やかな方だったので私が入居の経緯を説明し、施設にて宿泊をしていただきたい旨を説明すると「そうか、分かった」と納得されるものの、認知症もあるため5分間隔で同じことを繰り返している状態でした。
介護士はTさんをどう思っているのか
Tさんの帰宅願望に対する対応について、複数の介護士より相談を受けたことがありました。介護士によってTさんの行動に対する思いの受け止め方が異なっているのではないかと考え、Tさんのケアを行なう介護士全員から話を聞くことにしました。
ある介護士はTさんの行動は単に身勝手な行為であると発言し、ある介護士は職員にかまって欲しいだけではないかと発言しました。チームケアを行なうはずの介護職員の考えがバラバラで、その事がきっかけでTさんへの対応が大きく異なっていました。Tさんの思いを傾聴せず「あぶないから、そこに座っていてください」という者や、寂しさを紛らわすために、常に介護士の隣にTさんを連れている者など様々でした。
帰宅願望に対して統一した声かけを行なう
認知症のある方は何も分からない訳ではありません。また、見聞きしたこと全てを忘れてしまう訳でもありません。嫌なことがあったり楽しかったりすることは覚えていることもあります。
今回の帰宅願望に対する事例ではTさんへの声かけが介護士によって異なっているため、Tさんの中で情報が混乱し、帰りたいという思いを軽減してあげることが出来なかったのではないかと考え、グループでTさんに対する共通認識を深める場を設けました。それは帰宅願望は認知症であろうとなかろうと当然の感情であること。そして、それを踏まえた上で「統一した声かけ」を行うことです。
Tさんが介護士の発言で混乱しないように「ここはB県なのでA県までは少し遠いです。息子さんが一週間おきに面会に来られますので、その時に相談しましょう」と声かけの統一を徹底しました。Tさんの「帰りたい」という発言は聞かれるものの、この対応を3日間ほど続けると、一日一度や二度説明するだけで納得し、急に立ち上がるなどの危険行為などが見られなくなりました。
介護士の認識や声掛けを統一することで、安心した生活を送れることを事例を通して学ぶことが出来ました。