この記事では夜間になると不穏になる認知症への方の有料老人ホームでの対応事例を紹介いたします。
Tさん(90歳)は軽度のアルツハイマー型の認知症を持った女性でした。ご高齢の為、足腰が弱ってはいましたが、シルバーカーを使用してお一人で歩ける事が出来ますし、着替えや排泄も問題なくご自分で行える方でした。癇癪を起こす事もなく、物事の判断能力もしっかりされていました。
ただ、家族とは仲が悪いため家族との同居は難しく、地方の自宅で1人暮らしをしていたTさんを引き取る事はせずに、家族が住む東京の自宅から近い有料老人ホームへ入る事になりました。
この有料老人ホームは「必要とする介護のみ」の介護サービスを受ける老人ホームです。Tさんへの援助は入浴時の見守りと居室清掃とお洗濯のみで、その他はTさん自身で行っていただいていました。
夜間になると不穏になる
日中は部屋で寝ていたりテレビや新聞を見ていたり、他入居者とお話しされたりと穏やかに生活されていました。認知症による他入居者への暴力や暴言等もなく、その時その場にいる人とお話しされていました。
しかし、日付が変わって数時間後の深夜、必ず決まった時間に不穏になっていました。内容はその日その日で異なり、「夕ご飯食べてない」「お風呂入ってない」「お金がない」等、訴えてくる内容は様々でした。金銭所持はお断りさせて頂いていた為、お金が無いのは確かでした。けれども、夕食や入浴は一定の日時できちんとされています。よくよく聞いてみると、お腹空いているわけでもないし、お風呂入りたいわけでもありませんでした。
スタッフによる不穏の助長
初めはどのように接していいか分からずにただその場をしのいでいました。元々、頑固なご性格のようで、ケアスタッフが何か言う度に「そうじゃなくて‥」と必ず否定されていました。
Tさんの行動だけを見ている医師には「徘徊」と診断され、睡眠剤や精神安定剤が処方され、服用し始めてからは落ち着いた様に見えました。ですが、すぐに薬に慣れてきたTさんは再度同じ行動を始めたのです。
ケアスタッフにも色々な人がいる為、「お部屋戻って下さい」「夜間なので寝て下さい」などと、冷たくあしらわれてしまう事もあったと思います。それが不穏を助長させてしまっていたのです。
Tさんは決して眠くないわけでも困らせたかったわけでもありませんでした。眠いけど不安でいっぱいなのをどうして良いかが分からずに、ケアスタッフに助けを求めていたのです。
心に寄り添い話を聞くのが良い対応
不穏の原因が寂しさだと分かったことで、スタッフはTさんの心に寄り添って時間をかけてゆっくりと話を聞く事にしました。初めは、夜間にケアステーションで話を聞いているだけでした。お茶等を出して傾聴する事が大切なのは、ケアスタッフも知っていましたが、Tさんは腎臓病を患っていた為、医者より一日の水分摂取量が定められていました。後々、医者より承諾を得て日中の水分量を減らして、夜間にお茶を出してお話させて頂きました。
Tさんの心に寄り添いお話させて頂くと、一つ一つの訴えがより明確になっていきました。「ご飯を食べていない」「お風呂入っていない」と本気言っているわけではありませんでした。
元々、実子家族と疎遠で地方に住んでいたTさんが実子の家から近いと言う理由だけで、Tさんの意思とは関係なくホームに入居して不安でいっぱいだったのです。地方の家ならご近所に話し相手になってくれるお友達もいたし、身の周りの事だって簡単に出来ていました。Tさんは寂しかったのです。認知症ではなくても、寂しさから不穏になることはあることです。
安心してもらえる努力
後日、Tさんから詳しく聞いた所、「夜、ふとした瞬間に目が覚めたら不安でいっぱいになって誰かと話したくなった」と仰っていました。Tさんが寂しさを紛らわす為に訴え続けてきてくれた事で、私たちケアスタッフはTさんの心に寄り添う対応を取ることが出来ました。Tさん自身も見る見るうちに落ち着きを取り戻してきました。
夜間帯、巡視でドアの開閉音だけで目が覚めてしまっていたTさんでしたが、日中からなるべく一言でも多く、Tさんにお声かけさせて頂いたことで「最近、夜寂しくなくなったわ」と仰って頂けるようにもなりました。
「夜間に徘徊するから」と夜間だけを重視してしまうかもしれませんが、日中からの対応で不穏や徘徊を阻止できる事もあるので、ご紹介させて頂きました。
[参考記事]
「お金に執着する認知症の人への対応策について」