アルツハイマー型認知症のSさん(90代 女性)についてお話しします。Sさんは、息子さん夫婦と暮らしていましたが、暴言暴力と介護拒否が見られ、家族を興奮した様子で呼ぶそうです。認知症が進行してきたためグループホームに入居となりました。
介護職員はどうしたらSさんがSさんらしく、落ち着いて生活できるだろうか考えました。
●Sさんの症状
Sさんは、認知症による記憶障害と見当識障害などがみられます。見当識障害のため、今どこにいて、何時なのかなどの基本的なことが分かっていません。職員に対する暴言暴力、介護拒否がひどく、私たちは対応に悩みました。昼間、とくに悩んだことは、入浴介助でした。入浴を拒否する日が多く、入浴へ誘うと、職員に対して、殴る蹴るなどの暴力を振るいます。その際バランスを崩して、転倒してしまいそうになることもあり、危険でした。
夜中は、何度も居室から大きな声で職員を呼び、「ご飯を食べさせてください!まだ食べていません」と。それが朝まで10回20回と続く為、私たち職員は対応に悩みました。認知症の記憶障害のため食事を食べた事を忘れてしまっているのです。
●Sさんの介護拒否、暴力などへの対応
Sさんが落ち着いて施設で生活できるよう、対応方法を考えました。
まず昼間の問題である入浴介助の拒否(介護拒否)。職員とSさんの息子さんとの何気ない会話の中にヒントがありました。「母さん、認知症になる前は良くスーパー銭湯に行っていました」この言葉を聞き、対応方法を考えてみました。まず、お風呂場に「ゆ」と書かれた暖簾をかけて、温泉のような雰囲気にしてみました。
あとはSさんの誘い方。それまで、Sさんは必ず入浴拒否し、職員に暴力を振るう為、職員何人かでSさんに話しかけ、なんとか説得する。という感じでしたが、それは逆効果であることに気づきました。
職員一人でSさんに優しく声をかけます。
「Sさん、今日はね、Sさんを素敵な場所へご案内しようと思って、お誘いに来ました。」するとSさんは笑って「素敵なところ?どこ?」と。職員は、「他の人には内緒ですよ。こっちこっち!」などと言葉かけをしながら、脱衣場に誘います。そして、「ゆ」の暖簾を見せると、Sさんは明るい表情で「温泉!?」と。
「そう、温泉ですよ。Sさんだけ特別ですよ。しかも一番風呂!」と、Sさんに喜んで頂ける言葉を選び、話します。すると、ご自分から洋服を脱いで下さいました。それまでの誘い方では絶対に見られなかったSさんの行動と笑顔でした。
そして、夜の問題は、夜中に何度も起きて「ご飯を食べさせて下さい。」と興奮しながら大きな声で職員を呼ぶ…ということ。認知症の方の話を否定してしまうのは、よくないこと、と聞きますが、何度もご飯を食べ続けさせるわけにはいきません。
この問題の対策のヒントは、Sさんの人柄にありました。Sさんは、介護拒否はするものの、普段はまわりの人を思いやることができる優しい方です。夜中に興奮して職員を呼んだとき、あらかじめ作っておいた小さなおにぎりを持っていき、「私もお腹がすいたんです…。でもこのおにぎり1つしか無くて…。」と話してみると、「あなたもお腹すいたの?じゃあ半分こしようか。」「このおにぎりはあなたにあげるわよ。食べていいわよ。」などと、穏やかな口調で言って下さいました。
夜中に何度も起きてしまう、ということは、医師に相談し、お薬で多少解決しましたが、それでも起きて興奮したときには、少しSさんと距離を置いて見守ったり、Sさんが穏やかな気持ちになれる言葉をかけたりして対応することにしました。
まとめ
人柄や趣味などを知ることが、介護拒否や暴力の対策のヒントになるということが分かりました。今回はたまたま家族から情報を得ることが出来ましたが、本来はあらかじめ家族からSさんの認知症になる前の情報を聞いておくべきでした。ここは反省点です。
Sさんの場合、暴力などがある為、つい職員たちも、身構えて接してしまっていたと思います。接する側が、穏やかな気持ちで優しく言葉をかけることで、Sさんも心を落ち着かせることができるようになりました。そしてそれが、安心して施設での生活を送ることに繋がると思います。
[参考記事]
「認知症の中核症状とはどのような症状なのか」