Aさん【女性70歳】は認知症と診断を受けていますが、足りているのに同じ物を何度も買ってくる行動が見られます。
娘夫婦と同居されていたのですが日中自ら買い物に出かけることが度々ありました。お店までの道に迷ったりはしませんし、会話や歩行に関しても特に問題なく行えるのですが、買い物に行くと必ずトイレットペーパーを買ってくるのです。
御家族に事情を聞いていると昔あったオイルショックの際にトイレットペーパーが手に入らなく非常に困った経験があったそうで、これが影響しているのではないかと言っていました。認知症の人は最近の出来事は忘れても、昔の思い出は長く記憶の中に留まっていることが多いのです。
それでも認知症になるまではトイレットペーパーを集める行動はありませんでしたが、認知症になってからは和室6畳の部屋がトイレットペーパーで埋め尽くされる程になったそうです。
これだけ買い物を繰り返すわけなのでお金が足りなくなるのですが、買えなくなるとお店で怒り出したり、泣き出したり、酷いときは盗もうとする程でした。娘夫婦も日中常に家にいるわけではなく、これ以上家庭で見れないとの事で特別養護老人ホームに入居となりました。
買い物に行けない不安
しかし施設に入ったからと言ってトイレットペーパーを買いに行きたいという欲求が無くなる訳ではありません。家と違い、行きたいときに買い物に行けるわけではなく、買い物の頻度も非常に少なくなってしまいました。
最初は買い物に行く日を伝えると納得し「買い物に行きたい」とは言われなくなり、安心していたのですが、「無くなるかもしれない」という不安を解消できたわけではなかったのです。
それから数日後とある事件が起きてしまったのです。
他の利用者様の中にトイレットペーパーを大量に使われる方がいます。便の状態が粘り強く何度もふき取る必要があるのですが、それを開いていたトイレのドアの隙間から見てしまったAさんが「無駄なことをするな」と怒り出し、その利用者様に掴み掛かってしまったのです。
近くにいた職員が止めることで怪我はなく済んだのですが、一歩間違えれば大怪我に繋がっていたかもしれません。
注意は逆効果
同じ物をたくさん買ってくる行為はご家族からしてみれば悪いことかもしれませんが、買い物するためにはお店まで歩かなくてはいけないですし、脳を使う行為ですので、認知症の進行を遅らせたり、意欲が向上したりと悪いことではありません。運動することで認知症の進行を遅らせる効果は研究でも実証されています。
家にあるから買わなくても良いと言われても本人からすれば「必要だから」「買わなくちゃいけない」という思いが大前提としてあるため、駄目と言われて納得するわけではありません。さらに言えば自分のしたいことをさせてくれないことで不信感を持たれてしまうかもしれません。
確かに同じ物をたくさん買ってくる行為は必要のないことかもしれませんが、それは職員や家族など周りの都合であることを理解しなければなりません。その都合は本人には関係のないことなのですから。そうは言ってもお金には限度がありますので、無制限に買えるわけではありません。そこで何かしらの対応が必要になります。
地域の協力
不安を取り除くためにはやはり買い物に行く必要がありますが、その際、地域の人に協力をお願いしました。
お店が地元のスーパーという事もあり、事前に買い物に行くことを伝えておき、購入しに来た際に「来週セールでお安くなる」とお伝えするようにお願いしました。
その内容を店員さんからAさんに伝えてもらうと「じゃあ来週来ようかしら」と言われ、買わずに帰ることが多くなりました。
その後もトイレットペーパーを買うこと自体が完全には無くなりませんでしたが、家にいたときと比べると明らかに減りました。あえて、たまにはトイレットペーパーを買うことで満足感を与えるようにし、そのトイレットペーパーは施設の備品として購入した形を取りました。
今回の件に限らず、認知症に関しては施設やご家族だけで解決することは難しいでしょう。事前に地域と協力関係を築いておくことで、咄嗟のトラブル(認知症による万引きなど)にも瞬時に対応することが可能となります。