Aさん(62才、女性)は若年性の認知症とうつ病を患っています。ご主人は、何にもやらなくなってしまったAさんに対して、苛立ちを隠せず、大声を出すこともありました。ご主人はAさんの病気に対しての認識があまりなく、怠けているからだと思っているようでした。ですので、本人にもそのようなキツイ言葉を浴びせたりしていました。
息子さん夫婦、孫とも同居でしたが、どうにもAさんの対応に困り果て、グループホームに入所となりました。
Aさんの入所時の様子。
Aさんはグループホームの居室の布団で横になって過ごすことがほとんどでした。食事の時も声をかけるものの、居室から出てくる様子がないため、居室まで運んでいました。
自分は生きていても、しょうがないし、こんな姿を見られて恥ずかしいという思いがあり、他の入居者との関わりを極端に嫌いました。みんなが自分を見て、笑っていると思い込んでいました。
夜間の幻覚
入所して間も無く、夜間にスタッフルームまで出てきて、「包丁貸してください」とにやけた表情で訴えてきました。何のために包丁が必要なのか尋ねると、「坊さんに言われた」とのことでした。危険と判断し、包丁を貸せないことを伝えると、居室に戻って行きました。心配になり、訪室すると、布団に正座し、部屋の片隅に向かって話かけていました。Aさんには坊さんが見えていて、何やら会話をしているようでした。夜間、布団に正座し坊さんと話していることは時々、見かけました。
また、別の日には、「縄を貸してください」と訴えたこともありました。縄の使い道を聞くと、「一緒に首をくくってください」と言いました。出来ないことを伝えると、誰かに話かけるように、「ダメだってさ」と話すので、誰かいるのか尋ねると、「坊さんがいる」との返答です。
幻覚は認知症の症状として表れることがありますが、うつ病では見られません。ですので、この幻覚は認知症の症状として発生しているのだと思います。
幻覚に対する対応
Aさんが自ら包丁を探して持ち出したり、紐状のものを探したりという行為はみられなかったですが、安全対策を考えました。包丁はAさんには手の届かない高いところにしまったり、紐状のものも目につくようなところには出さないように環境整備をしました。
その一方で本人には坊さんが間違いなく見えているので、肯定するようにしました。「坊さんはいないよ」などとは言わず、「坊さんに今度会ったら、〇〇と伝えてください」「昨日坊さんに会った時に、Aさんに長生きして欲しいと言ってましたよ」と、Aさんの世界を共有してみるようにしてみました。
認知症は今のところ薬や手術で治すことができませんので、症状に対する対応でなんとかするしかないのです。
Aさんの変化
Aさんの世界に寄り添うように対応していたら、次第にスタッフとの信頼関係が出来てきました。すると、食事の時間だけでも、居室から出てくるようになりました。初めは、他の入居者が自分を笑っていると思い込んでいました。そこで、スタッフが仲介したりして、何度か顔を合わせているうちに、他の入居者とも馴染みの関係が出来てきました。この頃になると、認知症による夜間の幻覚もなくなり、すっかり坊さんの出番はなくなりました。
Aさんの表情にも変化が見られました。入所時には、うつ病により活気のない表情をされていましたが、活気のある表情に変わっていました。ご家族もAさんの変化に喜ばれました。時々、自宅に外泊もするようになりました。自宅では、調理や洗濯のたたみをすることがあるようです。
そこで、グループホームでも、洗濯たたみを頼んでみると、快く引き受けていただけました。だんだんに、箸の配膳や食後の食器を洗ってくださったりと役割を持って、活き活きとした生活ができるようになりました。
Aさんはもともと遠慮しがちで、控えめな性格もあり、言いたいことを我慢してしまいます。本人の思いと他人の思いのすれ違いから、自分はバカにされていると思い込みがちです。活気のある生活を取り戻せましたが、そうした精神的なケアは今後も必要なので、時間を見つけては、Aさんの話をじっくり聞く関わりは必要です。
[参考記事]
「認知症の周辺症状はどのような症状なのか」