私は認知症

薬害と認知症:薬が引き起こす記憶障害

はじめに

私たちが「認知症」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、高齢者に多くみられるアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症などの加齢による病気かもしれません。しかし近年、薬の副作用、つまり「薬害」によって一時的、あるいは恒常的な認知機能の低下が生じるケースが報告されています。この「薬剤性認知機能障害」は、医療や福祉の現場でも見逃されがちで、誤って「認知症」と診断されることもあるのです。本稿では、薬害による認知症様症状の実態と背景、そして予防や対策について、最新の知見を交えて解説します。

🔹薬が脳に与える影響とは?

薬剤が中枢神経に作用することで、思考力・記憶力・判断力が低下することがあります。特に脳内の神経伝達物質(アセチルコリン、ドパミン、セロトニンなど)のバランスを乱す薬は、精神状態や認知機能に直接影響を及ぼします。

中でも以下の薬剤群には注意が必要です:

これらは本来の治療目的とは別に、記憶障害、注意力低下、見当識障害(時間や場所がわからなくなる)などを引き起こす可能性があります。

🔹特に危険な「抗コリン作用」

抗コリン薬とは、アセチルコリンの働きをブロックする薬剤です。アセチルコリンは記憶や注意力に深く関与する神経伝達物質であり、これを阻害すると認知機能に支障が出ることが知られています。

例えば:

高齢者は特に抗コリン作用に敏感であり、ほんの少量でも幻覚、せん妄、強い眠気、記憶障害といった症状が現れやすくなります。これらはまさに「認知症」と誤認される典型的な症状です。

🔹睡眠薬と記憶障害:ベンゾジアゼピンのリスク

不眠症や不安症の治療によく使われるベンゾジアゼピン系薬剤(例:レンドルミン、ハルシオン、デパスなど)は、一時的な健忘や注意力障害を引き起こすことがあり、長期使用によって認知機能の慢性的低下が報告されています。

また、これらの薬は転倒・骨折リスクを高め、外傷性の認知症(慢性硬膜下血腫など)を招く間接的要因ともなり得ます。

🔹高齢者の多剤併用(ポリファーマシー)問題

現在、75歳以上の高齢者の約50%以上が5種類以上の薬を常用しているとされ、これは「ポリファーマシー」と呼ばれています。薬同士の相互作用、副作用の重複により、認知機能への悪影響が無視できないレベルに達しています。

たとえば、抗コリン作用を持つ複数の薬が同時に処方されると、その総合的な作用は著しく強まり、結果的に重度の認知障害を引き起こす可能性があります。

🔹一過性のせん妄と誤診

薬害による「せん妄(Delirium)」は、一過性で急激に起こる意識障害です。これは感染症、脱水、代謝異常などでも起きますが、薬の副作用が原因となることもしばしばあります。

せん妄の特徴:

せん妄は正しく治療すれば回復する一時的な状態ですが、認知症との区別がつきにくく、間違って「認知症」と診断されるケースも少なくありません。

🔹薬剤性認知機能障害の診断は難しい

薬害による認知障害は、CTやMRIなどの画像診断では異常が見られないことが多く、診断が難航します。診断のポイントは以下の通りです:

これらに該当する場合は、「薬剤性の可能性あり」として見直すことが重要です。

🔹医師に伝えるべきことと患者側の注意点

医師にすべてを委ねるだけではなく、患者自身や家族も薬の副作用に関心を持ちましょう。以下の情報を正確に医師に伝えることが、誤診を防ぎます。

また、薬剤情報提供書(お薬の説明書)をしっかり読み、副作用欄に「意識障害」「記憶障害」「眠気」などが記載されていないかを確認することも大切です。

🔹薬を減らす努力「適正使用」こそ最大の予防策

医療現場では「減薬(Deprescribing)」という考え方が広まりつつあります。すべての薬には副作用のリスクがあるため、必要最小限の処方が原則です。

これにより、薬害による認知障害のリスクは大幅に減少します。

🔹まとめ:認知症と思ったら、まず薬を見直そう

「うちの親が急におかしくなった」「物忘れがひどくなってきた」—こうした変化があったとき、すぐに「認知症」と決めつけず、「最近薬が変わったのでは?」という視点を持つことが重要です。

特に高齢者においては、薬の副作用が心身に大きく作用します。一見して認知症と見える症状が、実は薬のせいだったということも少なくありません。医療機関ではこうした可能性を考慮し、必要に応じて薬の中止や変更を検討することが求められます。

本当の認知症と、薬害による一時的な認知機能障害を見極めることは、本人の尊厳とQOL(生活の質)を守る上で極めて重要なのです。

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